2018年2月7日水曜日

高坂はる香『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』を読む

たいへんご無沙汰の投稿になってしまいましたが、高坂はる香さんのホヤホヤ新刊『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』を読了しました。

はる香さんとは、2009年にテキサスでクライバーン・コンクールを取材した時に知り合いました。プロの音楽ライターとして世界各地のコンクールを取材している彼女と違って、私は取材目的でコンクールを見学したのはその時が最初で最後でしたが、若い音楽家たちが人生を賭けた演奏を3週間にもわたって連日聴くという濃厚な体験を共有すると、他ではあまりない連帯感が生まれるもので、それ以降もおつきあいが続いています。そんなわけで、はる香さんが中村紘子さんの評伝を書いているということはフェースブックで前から知ってはいたのですが、刊行早々にはる香さんご本人から送っていただき、届いたその日から一気に読んでしまいました。

最初に告白しておくべき点は、著者がはる香さんでなかったら、私はおそらくこの本を手に取っていなかっただろう、ということです。というのは、私がせっせとピアノに向かっていた子供時代から、「日本のピアニスト」=「中村紘子さん」というくらい彼女の知名度は高かったにもかかわらず、私はピアニストとしての中村紘子さんに興味を持ったことがなかったのです。子供時代から大学時代まで、それなりにコンサートに出かけたり録音を聴いたり演奏のテレビ中継を見たりはしていたのですが、中村紘子さんにかんしては、生演奏を聴きに行ったこともなければ、レコードやCDを買おうと思ったこともないし、テレビで演奏を観た記憶もほとんどないという始末。それは一体なぜだったんだろうと考えながらこの本を読んだのですが、読んでいるうちに、音楽をある程度やっていたにもかかわらず中村紘子さんに興味を持たなかったという人間は私だけではないらしい、ということもわかり、となるとますます、それは一体なぜなんだろう、という気持ちが膨らんでくる。そして読み進めるうちに、あれはもしかしたらこういうことだったのかも、といろいろな思いが浮かんできて、実に多くのことを考えさせてくれる、素晴らしい本でした。

なんと言っても、はる香さんの、冷静でありながら常に温かい視線、対象への リスペクトとシンパシーを持ち続けながら、そして取材・執筆の過程でそうした思いを強めながらも、単なる偉人伝にならない分析的な著述に、感動し、多くのものを学びました。あれだけ影響力の大きかった有名人が亡くなって間もない時期に評伝を書くというのは、いろんな意味で難しいと思うのですが、そうした距離感も見事だし、中村紘子さんとはる香さん両方の人間性が滲み出る文章になっています。

本で扱われているテーマは、紘子が「中村紘子」になるまでの生い立ちや教育(こういう細かい点についての執筆者としての悩みがよくわかるので、読みながら思わずはる香さんにメッセージを送ってしまいましたが、第1章では「紘子」、第2章以降では「中村紘子」で通す、という選択に、「そうだな〜、きっと私もそうするだろうな〜」と思いました)、 プロの演奏家としてキャリアを確立する過程、レパートリーや演奏スタイル、業界でのリーダーシップや社会でのアドヴォカシー、日本そして世界におけるピアノ界の現状と将来など。そして、中村紘子さんの道程を辿ることで、戦後日本の社会や経済の歩みが鮮やかに伝わってくる。情報豊かでかつとても読みやすく親しみやすい文章で、ピアノがとくに好きでなくても「中村紘子」という名前やその顔(カレーのCMを通じてでも)を知っている人なら大いに興味を持って読める内容になっています。

実に自分勝手な読みかたではあるけれど、私が読みながら個人的にとくに気づかされたこと、考えさせられたテーマがいくつかあります。

その最大の点は、子供時代から成人期にかけての私にとって、「中村紘子」とは、「日本人」「女性」「ピアニスト」というカテゴリーの円が重なった部分を象徴した存在だったのだ、ということ。(以前の投稿で書いた「インターセクショナリティ」という概念の議論で「ピアニスト」というカテゴリーが出てくることはあまりないけれど、それを入れて考えると、私にとっては非常に納得がいく。)「日本人」「女性」「ピアニスト」というそれぞれのカテゴリーが何を指すかは、中村紘子さん自身の意識や生き方とは別個に、社会や文化によって構築された意味づけによるものだけれど、中村紘子さん本人も、時にはそれを意識しながら、時にはそれに反発しながら、日本人であり女性でありピアニストである自分のあり方を模索しながら堂々と生き切った人物であった、ということがよく伝わってくる。

とりわけ、女性としての中村紘子について書いた部分が私にはとても興味深かった。

私があるとき、きわめて意識的に、音楽大学を受験しない決意をした理由の大部分は、フェミニストとしての意識が芽生えつつあった私にとって、「音大生」(当時の私にとって「音大生」といえばピアノ科や声楽科の女子学生と同義だった)や「ピアニスト」、あるいは「ピアノの先生」という言葉から浮かぶ女性のイメージが、まるで魅力的でなかったから、というのが正直なところ。音大生やピアニストがフェミニストではないなどという根拠はゼロだし、そんなことで音大進学をやめるくらいだったら音楽への思い入れはそれほどなかったのだろうと言われれば、「おっしゃる通りでございます」としか答えようがないのだけど、実際にそうだったのだから仕方がない。とにかく当時の私には、音大生といえば、長い髪をクルクル巻きにして、お姫様ドレスを着て、ピアノにしなだれかかって写真を撮り、家柄も学歴も収入もよい婚約者がいる、といったイメージしかなかった。子供時代はそのイメージに憧れたことも(少しだけ)あったのだろうが、桐島洋子やら(この本で中村紘子と桐島洋子の対談が引用されているのが面白かった)ボーヴォワールやら(桐島洋子とボーヴォワールを同列に論じることができたのは中学生の強みである)を読んで、自立した女性として生きる決意をしていた私には、そのイメージが日に日に気色悪いものに感じられるようになっていったのだった。そして、その頃は(というか、二日前までは)具体的に意識したことはなかったけれど、その漠然と抱いていたイメージ形成に、中村紘子さんはかなりの影響力を及ぼしていたのではないだろうか、ということ。常識的に考えても、そしてこの本を読んでも、中村紘子さんが「自立した女性」であったことは明らかだし、私の人生の選択を中村紘子さんで説明するつもりはまったくないけれど、この本を読んでいるとなんだか妙に自分の人生が理解できた気がしたのです。

もう一点考えさせられたのが、「日本人」ピアニストということの意味。N響世界公演やクライバーン・コンクール出場の際、外務省の要請あってなんと振袖姿でコンチェルトを演奏したという時代、東洋の後進国がよくこれだけ西洋音楽を演奏するものだと感心された時代に、ピアニストとしてのキャリアを築いた中村紘子。そして、ジュリアードで勉強し国際コンクールで上位をおさめ海外での演奏経験も積みながら、結局は日本を拠点とすることを選んだ中村紘子。読みながら、彼女がキャリアを築いた時代はもちろんだけれど、現代でもやはり、どんなに才能のある人物でも、クラシック音楽の世界において、日本を拠点とし続けながら国際的に認知される演奏家として活動を続けていくことは、驚くほど難しいのだろうということを再認識する。(実際、日本国内ではあれほどの有名人であった中村紘子さんは、日本の外では音楽界でもほとんど無名。あれだけ各地でコンクールの審査員を務めていたから、コンクール関係者のあいだではよく知られていただろうけれど、演奏家としての中村紘子という名前を知っている人は珍しい。)若い頃から海外からr来日する音楽家の指導を受けたり 国際コンクールに出場したり留学したりして、国際的な場で多様な研鑽を積むことは、今ではそう珍しいことではないし、そもそも、どこの出身の音楽家であれ、演奏家として食べていくためには年の大半を家から離れて街から街へと旅しながら 公演をしなければいけないのだから、帰る家がどこの国であろうと理論的には無関係なような気もする。それでも、日本に拠点を置いたまま国際的に演奏活動を続ける音楽家がほとんどいないことを考えると、やはり世界的音楽市場へのアクセスというのはまだまだ不均衡なのだろう。

そうしたことを十二分に認識・経験しながら、あえて日本を活動の基盤とすることを選び、日本のピアノ界を牽引することをミッションとして生きた中村紘子。浜松国際ピアノコンクールやアカデミーでの彼女の役割については知っていたし、私が唯一中村紘子さんに会ったのは8年前に研究の一環で見学に行った文化庁のとある審議会で 彼女が発言していたのを見たとき(そのときに、簡単に自己紹介してクライバーン・コンクールについての私の著書を差し上げたのだが、いきなり話しかけた私に温かくかつ驚くほど率直な話をしてくださった思い出が、この本に描かれている中村紘子像とよく重なる)なので、その役割はなんとなくわかっていたつもりだった。でもこの本を読むと、小さな地方都市に公演に行っても、演奏をしてさっさと帰ってくるだけでなくその場所の音楽文化を育てることに貢献しようと積極的にかかわる姿とか、音楽大学に教授職をもたないまま日本の音楽教育にさまざまな提言や問いかけをする行動力とか、若い音楽家をときには泣かせてしまうほどの真剣な指導とか、その影響力は私が想像していたよりずっと大きかったのだということがわかった。次世代を育てる、自分の後に残るものを築く、ということについて、自分ももっと意識的に考えて注力しなくては、と素直に思わされた。

他にも、ハイフィンガー奏法への批判(私はまさにそのハイフィンガー奏法で教わった日本人生徒の典型です)とか、左手でショパンの幻想即興曲を弾きながら右手でスクランブルエッグを作る映像(これについてのはる香さんの記述が絶妙で思わず拍手)とか、庄司薫との結婚生活とか、コンクールの人間関係とか、コメントしたいことはたくさんあるのですが、キリがないのでこのあたりでおしまいにします。いろんなことを感じたり考えさせたりさせてくれる、とっても満足度の高い一冊ですので、みなさん是非ご一読を。
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