2017年3月17日金曜日

Arts in Conversation: Immigration コンサート

トランプ政権発足以来、本当に呆れるほど毎日蒼くなるようなニュースばかりで、自分の限られた時間とエネルギーを有意義なアクションに結びつけるにはどうしたらよいのか、明らかに長丁場になることが必至の闘いを前にして、個人としても社会としても持続的な活動をどのようにして展開すればよいのか、頭を悩ませるところです。状況はまるで違うけれども、「この状況において自分は一体なにをすべきなのか」と考えると頭がクラクラするというという点では私にとっては共通する、3.11の震災後の日々もそうでしたが、(1) クラクラする理由はたくさんあるのだから、しばらくはクラクラしている自分をそのまま受け入れるのもよし。(2) ただ、いつまでもクラクラしているのは、自分にとっても社会にとっても役に立たない。(3) どんなに小さなことでもよいから、一日ひとつくらい、自分にとってとくに大事な問題について、具体的なアクションをとろう。(4) 社会全体からみたら小さなこと、周縁的なことに思えるようなことでも、自分が何らかの知識や経験をもっているエリアでアクションを起こすことこそが、世の中の役に立つ。と自分に言い聞かせて毎日を暮らしています。

そのひとつとして、今週火曜日にハワイ大学のコンサートホールで開催された、Arts in Conversation: Immigrationというコンサートに参加しました。現在の政治状況を憂慮する地元の音楽家が中心となって立ち上げたArtists for Social Justiceという集まりの発案で、トランプ政権下とくに熟慮と議論と活動が必要になるとピックについてアーティストの立場から対話を始めよう、という趣旨のもとでのコンサート・シリーズ。その第一弾として、「移民」をテーマにしたコンサートです。私が仲良くしている素晴らしいソプラノ歌手のRachel Schutz(以前の投稿で言及したteach-inで歌ってくれた人です)を中心に、ハワイで活動するプロの音楽家たちに加え、ハワイ大学の学部生や大学院生も混じって、音楽の演奏だけでなく、スポークン・ワードやダンスも含めた多様なプログラムになりました。私は企画段階からかかわり、今回はピアノ演奏ではなく、アメリカ研究者の立場から参加し、プログラムの半ばで、Music and U.S. Immigration/Exclusionというトピックの10分間弱のトークをしました。

このコンサート、私が今までかかわったイベントの中でも群を抜いて素晴らしいコンサートとなりました。フェースブックなどのソーシャルメディアと、ラジオでのインタビューやチラシやハガキなどの従来型のメディアの両方を使っての宣伝をしたのですが、なにがとくに有効だったのかはよくわからないけれど、とにかく驚くほどたくさんの聴衆が集まり、しかも大学でのイベントであるにもかかわらず、大学とは無関係のコミュニティの人たちがとても大勢来てくださり、そして、普通のコンサートではなかなか感じられない、演奏者と聴衆との一体感が感じられました。演奏者がそれぞれ自分のバックグラウンドなどについて話をしてから演奏したことや、演目のそれぞれがなんらかの形で「移民」に関連するものであったことで、親近感や興味が生まれたのがよかったのかと思います。音楽もスポークン・ワードもダンスもすべてがパワフルで美しく、涙が浮かんだり鳥肌が立ったりするようなパフォーマンスでした。




私自身のトークは、どういった内容にするかかなり悩みました。アメリカ研究者相手なら、知識や「知っているべきこと」の認識を共有している(はずな)ので、準備はむしろ楽。でもこういう一般聴衆との対話を目的としたイベントでは相手が果たして何を知っているのか、何を考えているのか、さっぱり見当がつかない。「こんなことくらいは知っているだろう」との前提で話をして通じなければ意味がないし、逆にあまりにベーシックな話をして「そんなことくらい知ってるよ、バカにするな」と思われるともっと困る。「一般のひとたち」は、1882年の中国移民排斥法や、1965年移民法について、どのくらい(少しでも)知っているのか?ユダヤ系アメリカ人と黒人音楽の関係や、ロシア移民の音楽家たちの位置づけなどについて、どのくらい(少しでも)知っているのか?といったことに加えて、そもそも聴衆が、音楽そのものに興味をもってくるのか、移民問題に興味をもってくるのかも、ちょっと見当がつかない。というわけで、ピッチングの加減についてずいぶん悩みながら準備したのですが、結果的には、自分のトークにこんなにポジティブな反応を聴衆からもらったことはないのでは、と思うくらいの大好評でした。

コンサートの模様は、画質音質はあまりよくありませんが、こちらのビデオで見られますので、興味のあるかたはご覧ください。(私のトークは58:00過ぎあたりから始まります。)

コンサート終了後、本当にたくさんの人たちが、「実に素晴らしい、有意義なイベントだった、どうもありがとう」と声をかけてくださり、出演者たちと長い時間「対話」をしていたことからも、このコンサートの開催は意味があったのだと実感しました。音楽やダンスや演劇などの生のパフォーマンスは、その場限りのものだからこそ、その経験を共有する人たちにとって意義深いものなのだと感じることができました。ちょうど、自分の研究・執筆において、広島平和記念コンサートについて書いている最中のことだったので、こうした社会問題をテーマにした音楽イベントの意義を再認識できた、という意味でも、私にとって学ぶことの多い一晩でした。

2017年1月23日月曜日

Women's March を2日後に振り返って

前回の投稿でも書いたように、一昨日のウィメンズ・マーチは、地元で参加している最中も、終わってから世界各地でのマーチの写真や動画をメディアや延々と続くフェースブック友達の投稿で見るにつれ、これまでに感じたことのない感動を覚えました。こんなに世界各地で同時進行した人々の意思表示、連帯活動を、私はこれまでに体験したことがあっただろうか。9.11後のアフガニスタン・イラク戦争への反対運動のときも各地で抗議行動はあったけれども、抗議の対象やメッセージがより絞られていたのに対し、今回のマーチは、トランプ政権というもっとも直接的な対象、そして運動の火付け役となった女性というアイデンティティを広く超えて、環境、軍事、人種、教育、移民、LGBT、性と生殖にかんする権利、労働、科学、刑務所産業複合体、文化芸術などなど、トランプ政権の影響を受けることが確実なありとあらゆる問題について、実に多様な人々が集まって意思表示をする、という大きな行動になったのが特徴的でした。

信じたくないような政治状況のなかで、マーチに参加することで、近くにも遠くにも同志がこんなにたくさんいるんだと実感でき、「じゃあ頑張らなくっちゃ」という気持ちになれた、という意味ではとても意義深いイベントだったと思います。そして、終わった後でも皆が「いや〜、感動的だったね」としみじみ語り合いながら、マーチで味わったエネルギーや連帯感をどうやって具体的で地道なアクションにつなげていくか、フェースブックなどのソーシャルメディアでも実際に顔を合わせての会話でも、みんなでアイデアをシェアしている。それはとてもポジティブなことだと思います。私もこれから、最低でも一日ひとつ、なにか具体的なアクションをしていこう、という決意をしました。

そのいっぽうで、渦中の興奮は少し冷めたところで、振り返ってさらに考えさせられることもあります。

ホノルルのマーチでも、実に多様な人々が参加していたのは素晴らしかったのと同時に、多様であるからこその難しさもなかったわけではありません。たとえば、マーチが終わった後での州議事堂広場での集会で、いろいろな団体や立場を代表する女性たちのスピーチが続きましたが、そのなかでももっともパワフルだったのは、若い(多くは10代)先住ハワイアンの女性のグループ。ハワイアンの権利と尊厳の回復などを求める活動家でもあり、素晴らしいスポークン・ワード・アーティストでもあるJamaica Heolimeleikalani Osorioのリーダーシップのもとで、このグループは、トランプ政権が代表する世界観・価値観に強い異議を唱えると同時に、「今大勢のマーチ参加者が集まっているこの州議事堂は、ハワイアンの人々にとっては、自分たちの王国が非合法に転覆されたことを思い出させる場所であり、アメリカ合衆国とハワイの圧倒的に非均衡な歴史を象徴するものである。今日のマーチはトランプ政権に異議を唱えるものであるが、私たちハワイアンは、1897年以来ずっとアメリカ大統領を相手に闘ってきたのだ。トランプ政権に抗議し、アメリカそして世界における女性の権利を守っていくためには、ここハワイにおけるアメリカ合衆国の暴力の歴史を直視し、ハワイを脱植民地化し、脱軍事化しなければいけない」というメッセージを発し、ハワイ王国最後の女王リリウオカラニが王国転覆に抗議した文章をグループで読み上げ、現代ハワイにおけるもっとも強力な活動家であるハウナニ・ケイ・トラスクの言葉を借りて、拳を振り上げながら「私たちはアメリカ人ではない!私たちはアメリカ人ではない!私たちはアメリカ人ではない!私たちは死ぬまでハワイアンとしてあり続ける!」と声高らかに訴えました。
 












ハワイの歴史やハワイアン運動について知っている人たちにとっては、「その通りだ」という内容で、それを若いハワイアンの女性たちが、こうした舞台で声高に訴えているということが感動を呼ぶものでした。そのいっぽうで、マーチの参加者のごく一部にはこうした発言を快く思わない人もいたようです。彼女たちのパワフルな発言の最中に、「こうして女性の連帯を表明するためのイベントで、白人とハワイアン、アメリカとハワイを分断するような発言はふさわしくない」という意の苦情を口にしていた人たちがいた、というのを後で何人かから聞きました。

女性の連帯を強化すると同時に、「女性」というカテゴリーのなかに含まれる多様なアイデンティティ、「女性」を区別する人種や民族や国籍や階層やセクシュアリティや障害などのきわめてリアルな「差異」にどのように向き合っていくか、という問題は、1970年代からフェミニズム運動が格闘してきた難題です。アメリカの文脈では、そうした「差異」を隠蔽することなく正面から捉え、「女性」としての立場や経験は差異の軸によってまるで違うのだ、という認識が、第三次フェミニズムという流れになって、以前の投稿でも書いたインターセクショナルな思考がだいぶ広まってきたものの、このような場面では、幅広い問題意識を共有した人々のあいだでさえ、差異を直視した上での連帯というのは難しいんだなあということを改めて感じさせられます。

それと多少関連して、アメリカ以外の世界各地であれだけ今回のマーチが人を集めたのだから、東京でもあったはずだ、どんな感じだったんだろうと、ネットで検索してみました。ちょっとネット検索して引っかかったごく選択的な情報をもとに印象や意見を固めてしまうのは危険なのはわかっていながらも、見つけたものにだいぶ違和感を感じたので、感じたことをフェースブックに投稿し、友達に情報や分析や意見を求めたところ、とても参考になるコメントをいろいろともらいました。(コメントや情報くださったみなさま、どうもありがとう!以下、いただいた情報や知恵を拝借して書かせていただいてます。)まだ十分に考えが整理できていないし、情報もまだまだ足りないし、なんといっても現場にいない私は社会の「感じ」をつかめないので、おそらくきわめて不十分な考えなのだろうとは思いますが、上に書いたこととの関連で書いておきます。

もちろん東京でもウィメンズ・マーチは開催され、ごく一部ながら報道もされているけれど、参加者は主催者報告によると680人くらいと、その規模は他の世界の主要都市とは比べることもできないほど小さく(ゆえに英語媒体では世界の他の都市の写真はたくさん出てくるけれど東京の画像はまず出てこない)、しかも画像や動画を見る限り、参加者のほとんど、そして取材されている参加者はすべてが日本在住のアメリカ人あるいはその他の外国人で、日本人(らしき人)の姿はほとんど見えない。(参加した友達の観察だと、日本人らしき人は三割くらいだったとのこと。)参加者が行進しながら唱えるチャントや歌も、掲げているサインもみな英語。これにはかなり違和感を覚えた。

もちろん、私の検索に引っかかる情報が偏っている可能性はじゅうぶんあるけれど、アメリカ各地はもちろんヨーロッパ在住のFB友達のマーチに関する投稿は何百と連なっているのに、私のFB友達で東京のマーチに参加したという人はひとりだけ。とすると、国によってこのイベントへの関心の温度差はやはり現実としてありそうだ。この温度差はいったいどこからくるのだろう?

前回のブログでも書いたように、マーチに参加さえすれば活動家としてのお墨付きになるとか、マーチに参加しないのは社会的意識が低い証拠だとか、思っているわけではありません。マーチというのはあくまでもひとつの象徴的な行為であって、大規模で平和的なこのイベントを成功させた実績を、実際の政策に結びつけることができなければ、マーチの意義はない。そして、マーチという形の意識表明はひとつの文化なので、いくら世界各地でこのマーチが行われたからといって、それが普遍的な社会運動の印だとも言えない。それでも、日本でも集団的自衛権をめぐってはSEALDsをはじめとして若者を含む数多くの人たちが抗議行動に集まったのだから、マーチといった行動自体が今の日本の人たちにとって異質だとか、日本の人々の政治的関心が低いとか、そういうことはないと思う。では今回のマーチにかんするこの温度差はどこからくるのか?

考えられることとしては、

 (1)トランプの行動や発言や掲げている政策には確かに問題点は多いとはいえ、民主的な選挙よってアメリカ国民が選んだ大統領なのだから、その政権に日本の人間が抗議する筋合いはない。実際にトランプ政権が日本に不利益をもたらすようであれば、その時点で日本の政財界リーダーが交渉力を発揮し、それでも不十分であれば日本の人々が抗議行動に出るかもしれないが、今の時点で日本人がマーチをするインセンティブはない、と考えられている。

 (2)トランプ政権がもたらす危機が、日本の人々にじゅうぶんな現実感をもって伝わっていない。医療保険や移民政策において極端な立場を表明している、といったことは報道されていても、それはアメリカの人たちにとっての問題であって、日本にいる人たちには直接の影響はない、少なくともわざわざ寒いなか出かけていって行進するほどの切迫感はない、と捉えられている。

 (3)ウィメンズ・マーチというと、女性の運動として限定的に捉えられやすい。そして、トランプ政権と女性の問題というと、女性の中絶の権利の問題に注目が集中しがちである。中絶の権利が現実の問題として感じられにくい日本では、女性の連帯といってもかなり抽象的な次元でしか感じられない。
 
 (4)東京のウィメンズ・マーチを企画したのはロスアンジェルス出身のアメリカ人女性らしいが、企画チームが、日本の市民団体、女性団体と提携する努力が足りなかったのか、努力はしたけれど日本の団体側からの反応が足りなかったのか、とにかく、このウィメンズ・マーチの趣旨を日本の人々にとっての問題意識にじゅうぶんに結びつけ、広く日本の人々を動員することができなかった。

 (5)カナダやヨーロッパ、オーストラリア・ニュージーランドなど、先住民と入植者の関係や人種問題と格闘してきた歴史、移民の大量流入とその排斥の歴史をもち、現在も移民や難民の流入とそれに対する政府や社会の一部の反応に向き合っている国々では、トランプが象徴するようなファシズム的ナショナリズムのもたらす危機を、自分たちの問題として引きつけて考えやすい。ゆえにそうした国々では、トランプ政権そのものに抗議するということを超えて、自国の政府や社会に対する訴えとしても、多くの人たちが、マーチに参加した。それに対し、日本ではトランプ政権を自分たちにレレバントな問題として捉えるとっかかりが少ない。

 (6)アメリカ国外であれだけマーチに人が集まったのは、大国アメリカが象徴的に担ってきた、そして実際にリードしたり維持に貢献してきた、自由や平等を追求する姿勢や多様性や開放性を尊ぶ価値観が、トランプ政権によって損なわれてしまう、という強い危機感を内発的に抱いた人々が、アメリカでのマーチをきっかけにやむにやまれず自ら行動に出た、という要素が強い。日本はアメリカの同盟国であり人々はおおむね親米的な心情であるとはいえ、社会全体としてはアメリカが象徴するそうした価値観を見習おうという姿勢はそもそもそれほど強くない。ゆえにトランプ政権に抱く危機感もそれほど強くない。あるいは、内発的危機感はあったとしても、人々の多様な危機感を求心的に行動に結びつけるようなリーダーシップや組織力が不在だった。

今の時点で思いつくのはこのくらいです。それぞれの点について「そうはいってもねえ」と言うことはいくらでもできるのですが、それはともかく、上で書いたハワイアンの問題との関連で一番引っかかっているのが(4)。私の知り合いのなかで唯一東京のマーチに参加した友達によると、彼女はマーチの二日前に在仏アメリカ人の友人からの情報でイベントの趣旨を知って参加したものの、東京のマーチに関して日本語での呼びかけは目にしなかった、とのこと。また、「反トランプ」を唱えるのが主な目的ではなく、「人権・多様性・自由・平等」の価値を尊重していることを示すための静かな行動を目指していること、ウィメンズ・マーチといっても性別・ジェンダーに関係なく誰でも参加できる、というマーチの趣旨やイベントの具体的な情報は、日本では広く拡散されていなかった。東京のマーチの共催団体は(アメリカ)在外民主党、ということで、党派性もあった。ということだったようで、そう考えるとやはり企画者が「アメリカの政治に関する抗議マーチ」という以上の訴えかけを日本の人々にしなかったのではないかと推測します。

日本でマーチをするにあたって、日本語で情報を拡散せず、日本の人々の関心を喚起するようにマーチの大きな趣旨をきちんと説明せず、日本の各種団体への働きかけなどをしなかったんだとしたら(本当にしなかったのかどうかは、きちんと調べてみないとわかりません)、それは呆れる姿勢だと思います。日本在住アメリカ人が東京でトランプ政権に抗議するマーチをするのは、それはそれで結構だと思いますが、どうせするんだったら、この危機が日本の人々にどのようにレレバントであるか、なぜこれが「アメリカの問題」を大きく超えた世界の問題であるかを説明し、日本の人々との連帯を育むようなイベントとして企画するべきではなかったのか。日本語で広報する必要を感じなかったのだとしたら、それはあまりにも日本に対する無知・無神経の表れではないか。ある意味コロニアルではないか。インターセクショナルどころか、このマーチの趣旨に相反するものではないか。

などと考えると、これだけ世界の人々を動員したマーチでも、差異を認識した上で深い意味での連帯を築くというのは、実に難しいものなのだなあ、こうした困難がこれから必要なたくさんのアクションでマイナスに表面化しないといいなあ、マーチ大成功万々歳と喜んでばかりいる場合ではないなあ、という気持ちになります。

トランプ政権は「アメリカの問題」を大きく超えて世界の問題である、という現実はトランプ大統領就任三日目の今日にしてすでにいくつもの具体的な形になって表れていますが、それらについてはまた追って書いていくつもりです。

2017年1月21日土曜日

J20 Day of Resistance & Women's March@ホノルル

とうとうトランプ政権が発足しました。もはやこれはトランプ氏というひとりの人間の人格や価値観や政策の問題だけではなくなっています。閣僚に選ばれている人は、見事にひとり残らず、これまでにアメリカの人々が障壁を克服してきたり権利を勝ち取ってきた流れに逆行する立場を公表している人物。大統領就任の当日には早々、ホワイトハウスの公式ウェブサイトから気候変動やLGBTにかんするページが削除される。オバマケアを撤廃しようという動きはすでに始動中。などなど、ニュースの見出しを見るだけで吐き気がするようなことだらけ。

でもそのいっぽうで、昨日と今日は、計25年近くになる私のアメリカ生活の中でもいい意味でもっとも印象に残る2日間に入るものでした。

トランプ大統領就任が象徴するものに抗議する人々がアメリカ全国でさまざまな活動を企画し、とくに各地の大学では、伝統的な講義やセミナーという形式を超えて、開かれた場で活発な議論をするためのteach-inと呼ばれる活動が行われました。ハワイ大学でもJ20 Day of Resistanceという名のもと多様な活動がありました。午前中は、さまざまな学部がその専門に沿った内容のワークショップやディスカッションを開催。アメリカの宗教と政治を専門にしている同僚が開催した「トランプ時代におけるムスリムとの連帯」というセッションを見学しましたが、ハワイ大学を卒業し現在は医学部の学生である、ムスリムの女性をゲストに呼び、世間に蔓延するムスリムにかんする誤解や、ムスリムとしてアメリカそしてハワイで暮らすということの意味を、体験的に語ってもらいながら、参加者の質問やコメントに答える、というもので、とてもいいセッションでした。私自身は、今学期「アメリカの音楽と文化」という学部生用の授業を担当しているため、これを機会にSongs of Protest, Songs of Solidarityという特別セッションを企画し、授業を受講している学生だけでなく誰でも参加してもらえるように公開しました。私がアメリカにおけるプロテストソングの歴史と、We Shall Not Be Moved, We Shall Overcome, Amazing Graceの3曲の背景や普及の経緯(どれもとても有名な曲ですが、それぞれにとても興味深い歴史があるのです)を簡単に説明。その後で、ゲストとして来てもらった素晴らしいソプラノ歌手の友人であるRachel Schutzがリードし、アメリカ研究学部の同僚で趣味で演奏や作曲をするJoyce Marianoがギター、私がキーボードで伴奏して、皆で実際にその3曲を歌う、というセッション。受講生以外の参加者も予想以上に多く、学生だけでなく他学部の教員やアドミン陣、大学外の一般の人たちも参加して、積極的に質問や発言をしてくださったうえに、初めは気恥ずかしそうにボソボソしていた学生たちも最後には元気に声をあげて歌っていました。(テレビの取材も来ていて、後から友達に聞いたところによると夜のニュースにこのセッションの様子が出ていたそうですが、残念ながら動画はアーカイブされていない模様。)




その後キャンパスの中心で行われた全体のteach-inでは、女性の安全、LGBTの権利、移民政策、ハワイ先住民とアメリカ合衆国の関係史など、さまざまなトピックについての専門家・活動家が問題を提起し行動を促すスピーチをし、その合間に私は再び上記の3曲についての背景説明と伴奏をして皆で歌いました。その後、キャンパスからワイキキまでの行進があり、他の3ルートの行進と合流して、トランプタワーの前でデモをしました。


就任式を見てうんざりした気分になるよりもこうやって過ごすほうが有意義だと心から思えた昨日でしたが、一夜明けて今日はさらに感動的でした。全米の何百もの都市だけでなく世界中の各地で企画されたWomen's Marchがホノルルでも行われ、私も参加しました。


私は計17年間ほどになるハワイ生活で、数多くのデモ集会や行進に参加してきましたが、今日のハワイ州議事堂周りの行進は私がこれまでに参加したもののどれよりも規模が大きく、メディアによる推定人数は5000人から8000人ほど(メディアによって推定人数にだいぶ差がありますが、これは各メディアの政治的指向の他にも、どの時点・地点で人数を推定するのかが難しい、という要素があるでしょう)。Women's Marchとはいっても圧倒的に女性が多いということはなく、私が見た感じだと少なくとも四分の一から三分の一くらいは男性だったし、人種や年齢(若い人たちの元気も胸に迫るものがありますが、車椅子や杖で行進している高齢者の人たちの姿にも勇気をもらいました)や、いわゆる「スタイル」が実に多様な人たちが、こうして一堂に集まり、ホノルルにしてはかなり肌寒く強風で雨もあった天候のなか、皆で行進しているということに、言いようのない感動と高揚感をおぼえました。










そして、家に帰ってからフェースブックを見ると、ボストン、プロビデンス、ニューヨーク、アトランタ、シカゴ、マディソン、コロンバス、セントルイス、ヒューストン、オースティン、シアトル、サクラメント、ロスアンジェルスなど、本当にありとあらゆる都市でみなが行進に参加している写真を投稿している。そして、行進に参加するため、何時間も飛行機や電車や車に乗ってワシントンに出かけていった人たちがたくさんいる。みなが、この行進のトレードマークとなったピンクの毛糸の帽子を被ったり、政治的メッセージとユーモアの混じったサインを掲げたりして、何万人もの人たちと一緒に道を歩いている。その様子をフェースブックで見ていると、「そうだ、これこそが私の信じてきたアメリカだ」という思いがこみ上げてきて涙が出そうになります。

もちろん、考えを同じくする何千人、何万人、都市によっては何十万人もの人たちと、時と場所を体験を共有するというのは、否定しようのない高揚感や連帯感があるものです。それと同時に、こうした行進といった活動はあくまで象徴的なものであって、それ自体が具体的な政策につながるものではないのも事実。行進に参加したということで、自分が政治的な活動をした、フェミニストとしての責務を果たした、というような気分になり、その場で写真を撮ってフェースブックやインスタグラムに投稿することで、自分が「ちゃんと活動している」ことを友達に証明したつもりになり、その翌日からは何もしない受動的な位置に落ち着いてしまう、という可能性もあるでしょう。でも、今日の世界各地での行進で参加者が感じ取った、多くの人に共有されている政治的決意や使命感、そして「皆で力を合わせればこれだけのことができるのだ」という実感は、明日からも息の長いさまざまな活動につながっていくのではないか。そう実感できる一日でした。