2013年4月26日金曜日

威厳ある職業としてのケアワーカーを組織する活動家、Ai-Jen Poo

今週、ハワイ大学での講演その他の活動のためホノルルを訪れているのが、労働活動家のAi-Jen Poo。彼女は、個人の家でベビーシッターや老人介護や家事に従事する「家事労働者」「家政婦」「ケアワーカー」を労働環境を改善し、正当な賃金に加え残業手当や有給休暇を保証し、被雇用者を差別やハラスメントから守るため、こうしたケア労働者たちを組織し、彼らを守るための立法にむけてロビー運動を行う活動のリーダー。コロンビア大学卒業後(コロンビア大学在学中には、社会の多様性に対応したカリキュラムを要求する学生のハンガーストライキの一員で、この活動の結果として同大学にCenter for the Study of Ethnicity and Raceという研究センターが誕生しました。私が2003〜2004年にニューヨークでサバティカルを過ごしていたときに所属していたのがこのセンターです)、ニューヨークで家政婦として働く女性たちを組織する活動を始めた彼女。2000年に設立したDomestic Workers Unitedという団体の働きかけによって、2010年にニューヨーク州は全国初の「家政婦権利宣言(Domestic Workers Bill of Rights)」が立法化され、同州で働く約20万人の家政婦に基本的な労働基準法が適用されるようになりました。その後ニューヨーク州にならった立法をする州もあらわれ、現在ハワイ州でも同様の立法が州議会で審議されている最中で、委員会の会合にAi-Jen Pooも出席したそうです。2007年には、家政婦を組織する全国団体National Domestic Workers Allianceが設立され、彼女は2010年からそのディレクターを務めています。


『現代アメリカのキーワード』にも「家事労働者」というエントリーがありますが、現代アメリカにおいて、こうした職に従事する圧倒的多数は、非白人の移民女性で、しかも彼女たちの多くが非合法移民。工場や農場、会社など、職場で同じ立場の仲間と日常的に顔を合わせる人々と違い、組織を通さない個人的な雇用関係にあり、毎日個人の家のなかで働く労働者たちを組織するのは、至難のわざで、家政婦を組織する労働組合もない。英語力もじゅうぶんでなく、自分にどんな権利があるのかを知らず、なにか問題を起こせば国外追放になる可能性もある移民たちは、搾取やハラスメントや暴力を受けても訴えるすべをもっていない。しかも、長年にわたって小さな子供や老人の世話をして、ときには雇用者の家庭に同居して、雇用者の家族と親密な関係を築くようになるケアワーカーの人間関係や感情は、単に雇用者と被雇用者というだけでは割り切れない複雑なものがある。そうした状況のなかで、雇用者と家族同様の愛情に満ちたよい関係を築く人たちもいるいっぽうで、奴隷同様の扱いを受けながら助けを求められない人たちも数多くいる。なかには、15年間いっさい賃金を払われないまま、雇用者の家のなかに閉じ込められて子供の面倒や家事全般を強要されていた女性もいるとか。そのケースでは、彼女に世話をしてもらって育った子供が、自分の家で起こっていることを理解できる年齢になったときに、彼女を家から連れ出してAi-Jen Pooの団体に紹介し、団体の助けによって彼女はやがて民事訴訟で勝訴した、とのこと(刑事訴訟を起こすこともできたけれど、彼女のボスが受刑ということになれば、彼女が世話をしてきた子供は親なしで暮らすことになる、ということを彼女が避けたかったため、民事訴訟のみにした、ということで、このあたりも複雑)です。

日本ほどではないけれども、アメリカもこれから人口は高齢化が進み、また家庭の外で働く女性が増えるなかで、こうしたケアワーカーの需要は高まるばかり。とくにニューヨークのような大都市では、すべての家政婦がストライキでもしようものなら、彼女たちにさまざまな形で依存している人たちが困窮し、あらゆるセクターの活動が停止してしまうといっても過言ではないくらい。ケアワーカーが、もっとも急速に拡大する職業のひとつであるなかで、彼らの労働にかんする基本的な法律が存在しないというのは大問題。というなかで、Ai-Jen Pooの率いる団体は全国250万人のケアワーカーを組織し、各地域で地道な活動を展開しています。


私は今回彼女の姿を見るまでは、もっと年長のひとだと思っていたのですが、彼女はまだ30代。専門知識とビジョンと組織力によって、数多くの人々の労働環境や生活や人間関係を改善する着実な成果をあげている活動家。というと、いかにも大声を張り上げてこぶしを振り上げ悪者を糾弾するコワい人、というイメージが浮かびがちですが、彼女は自称「どちらかというとシャイ」な性格で、オーガナイザーとしての活動を始めたときには、街頭で知らない相手に話しかけたりチラシを配ったりするのが恐怖だった、という、「普通の」女性。風貌はいたって可愛らしく、雄弁でありながらソフトで優しく、何百人もの聴衆を前にしても、ひとりを相手に対話をしているようなフレンドリーな話しぶり。こういう人だからこそ、自らがアイビーリーグ大学出身のエリートでありながらも、低賃金で働く移民のケアワーカーたちの信頼を集めるんだろうなあと、深く感心すると同時に、おおいにインスパイアされました。彼女は『タイム』誌の2012年度「最も影響力のある人物100人」のひとりにも選ばれ、ありとあらゆる賞を受賞し、メディアでも多いにとりあげられています。ネット上にビデオなどもいろいろあるので、ぜひ見てみてください。