2010年1月9日土曜日

Vic Chesnutt 追悼

音楽の話題ではほとんどクラシックのことしかこのブログでは書いていませんが、今回はちょっと系統の違う音楽関係の話題。ロック/フォークのシンガーソングライター、Vic Chesnuttが、先月クリスマスの日に自ら命を絶ったということを、ナショナル・パブリック・ラジオのインタビュー番組Fresh Airのポッドキャストで知りました。私は、ちょうど1ヶ月ほど前に、同じ番組で彼のインタビューを聞いたところでした。1964年生まれの彼は、18歳のときに飲酒運転で重大事故に遭い、以来ずっと車いす生活で、手の動きも一部失われていたのですが、事故の前も含めて何度も自殺未遂をしたという彼が、「死」や「生」との関わりについて語るときの、彼の誠実さが伝わってきて、とても暗いものを内に抱えこみながらも、とても優しく明るいものや人生の喜びや希望もたくさんもっていることが、彼の語りからも音楽からもよくわかります。最近リリースされたばかりの、At the Cutというアルバムに収録された、Flirted with You All My Lifeという曲は、恋人についての歌のようでありながら、実は死への思いを歌った歌で、生まれてからずっと自分は死とたわむれてきた、だけれども今はそれと訣別するという別れの歌で、暗く苦しいようでいて実は喜びに満ちた歌なんだ、と語っています。この会話からもわかるように、このときのインタビューでは、彼の精神状態はかなり良好で、少なくとも今後しばらくは元気に活動を続けるのだろうという印象だったので、そのぶん、番組ホストのTerry Grossも制作スタッフも、そしてリスナーも、このニュースには大ショックを受けています。追悼番組には、彼の親友だったR.E.Mのマイケル・スタイプ(Chesnuttがジョージア州のバーで演奏しているのをマイケル・スタイプが発見して、Chesnuttの最初のアルバムをプロデュースしたそうです)などが彼の人間と音楽について、とても愛情をこめて語っているのがまた感動的です。作詞家・作曲家としての彼の職人的な求道と誇りについても知ることができて、興味深いです。

人がこうして命を絶つ背景には、親しい人を含め回りには理解のできないようなさまざまな要因があるはずですが、彼の場合、彼の内面的な苦悩に加えて、アメリカの医療制度の問題が現実の一部ではあったようです。アメリカでは、四肢の機能の多くを失った彼のような人、とくにミュージシャンのように組織に所属していない人は、「既往疾患」を理由に一般の健康保険への加入が拒否されます。そのため、彼は身体的なことでも精神的なことでも、診断や治療を受けるためには巨額のお金が必要で、よほどの緊急事態でもないかぎり病院に行けない、という状態でした。極端な鬱状態に陥ったときに、彼は友達や医療機関などにさまざまな形で助けを求め、周りもできる限りのことはしたにもかかわらず、いろいろな形の医療システムの欠陥が、こうした結果をもたらす一因となってしまったことも否めないようです。もっとも医療を必要としている人が保険に入れないといった信じがたいシステムが、オバマ政権でだいぶ改善されるようですが、Chesnuttにとっては間に合わなかったということになります。

とにかく、彼の音楽そして語りには、本当に心を揺さぶる誠実さがあるので、是非、1ヶ月前に放送されたもとのインタビュー、そして追悼番組、そして彼の最新CD、At the Cut
を聴いてみてください。