2009年10月15日木曜日

「正しい退出」

東京はすっかり秋らしい気候になりました。常夏のハワイから来ている私は、秋物の服がなくて困ってしまいますが(これから冬になるとますます困ります)、街頭で焼き芋を売っている光景を見ると、日本の秋を体験できることの幸せを感じます。

ハワイ大学で私が指導している大学院生が、ベトナム戦争で戦ったアメリカの退役軍人が個人的な「和解」や「癒し」を求めてベトナムを訪れる(その人たちの多くは、個人的な訪問にとどまらず、行方不明の兵士たちの捜査や、ベトナムとの民間外交などの活動にも積極的に参加する)ツアーについて、そうした訪問が退役軍人たちにとってどういった心理的な意味をもち、また退役軍人たちは現代アメリカにおいてどういった政治的・社会的立場にあって、彼らの声は外交や軍事をめぐる議論のなかでどのような位置を占めるのか、といったテーマの博士論文を書こうと、研究計画の草稿を作っているところなのですが、その指導をしている矢先に、イラク戦争で負傷したアメリカ兵士たちがイラクを訪問するというプロジェクトについての記事がニューヨーク・タイムズに載りました。軍人を支援する小さな財団が、軍の賛同を得て始めたそのプロジェクトは、その名もOperation Proper Exit、すなわち「正しい退出作戦」。すごい名前です。第二次大戦やベトナム戦争で戦った元兵士たちが、自らの戦争体験に区切りをつけるために、かつて自分が戦った戦場や駐留していた場所を訪れるというのは以前からあったことですが、現在も戦争が進行中の場所に元兵士が行くというのはこれが初めての試みとのことです。六月にも一組そうした元兵士たちがイラクを訪問したものの、それが彼らにどのような精神的影響を与えるかが不明だったため、その訪問についての情報は公開されず、今週一週間イラクを訪れた八人の元兵士たちが、このプロジェクトの第二団だということです。手足を失ったり失明したりといった重傷を負った兵士たちは、自分たちの負った傷は無駄ではなかったということを確認するため、あるいは精神的に区切りをつけるために、イラク訪問を希望するということです。自分が負傷したり戦友が死んでいったりした現場を訪れて、大きく動揺するいっぽうで、爆撃の音などがせず静かになった土地で人々が平和に生活している様子を見て、自分の犠牲が無駄ではなかったことを確認し、抱えていた心理的負担が軽くなる、ということです。

なんとも複雑で重い話です。上述した大学院生には、「ベトナムを訪れるアメリカの元兵士たちにとっての『和解』や『癒し』とは正確にはなにを意味しているのか、現在のアメリカ=ベトナム関係において元軍人たちの『交流』とはどういう意義をもっているのか、ということを丁寧に分析すべし」と言っているのですが、現在も戦争が続いているイラクにおいてのこうした訪問のもつ意味は、兵士たち個人にとっても、アメリカ社会にとっても、終結した戦争の体験を振り返ることよりもさらに複雑でしょう。いろいろなことを考えさせられます。