2009年2月17日火曜日

景気対策法案成立

上下両院を通過した景気対策法案にオバマ大統領が今日署名して、法案が成立しました。7872億ドルが経済のさまざまなセクターに投入されます。ちょうど授業で1930年代のニューディールについて教えたところなので、アメリカ史の文脈からしても今後の動きが興味深いです。現状からして、この額ではアメリカ経済を回復させるにはとても足りないという批判の声もあちこちから上がっていますが、連邦政府がこれだけ大規模で直接的な経済介入をするのは実に異例なことで、議会でさまざまな修正案が議論されながらも、オバマ政権誕生から一ヶ月にして法案が成立したのは、大きな快挙と言えます。党派を超えた政治家達の協力によって成立に至ったとはいっても、実際にはこの法案を支持した共和党議員は上下院合わせてなんとわずか三人ですから、「党派を超えた」とはまるで言えず、上下両院が民主党マジョリティになったからこそ可能になった結果だということはきちんと認識しておくべきでしょう。今後この資金がどのように使われてどのような効果をもたらしているかを、透明性とアカウンタビリティをもって政府が国民に伝えるために作られたサイトはこちら。なんともさすが。

ミドルクラスのための減税や住宅市場対策、そして大量の雇用を生産するはずの道路や鉄道などの建設や環境対策などに注目が集まっていますが、私の職業と興味からして気になるのは、教育と文化芸術への投資です。学校建設などの教育関連項目が法案から削除されたことに強い批判もあがったものの、公立学校や大学への緊急資金として投入される1000億ドルという額は、これまでの連邦政府の教育予算と比べると一気にに倍増となったわけです。アメリカのほとんどの州では、学区ごとの教育予算がその地域の税収入と結びついているために、地域の経済格差によって公立教育の質に大きな差があります。貧しい地域では教師の質も低くなり、教材も時代遅れのもので、校内での犯罪も多く、子供たちは学校でとても勉強どころではない、というのが現実です。先進国アメリカの最大の恥は健康保険制度(の欠如)だと多くの人が考えていますが、本当のアメリカの最大の恥は教育制度だ、という論説が数日前のニューヨーク・タイムズにも載りました。大学レベルでも、裕福な私立大学と貧乏な州立大学では予算の桁がまるで違い、それはどうしても教育の質に結びついてきます。きちんとしたビジョンなしに突然に大量のお金を注ぎ込んでも、教育というのは急によくなるものではない、という声もありますが、アメリカの一般市民の教育レベルが向上することは、アメリカだけでなく世界にとって大事なことなので、この資金投入が短期的にも長期的にもどのような効果をもつかが見どころです。関連記事はこれ

また、今シーズンを生き延びられるかどうかというほどの財政危機に直面しているホノルル・シンフォニーをなんとかして支援しようとしている私に興味があるのは、全米芸術基金(『現代アメリカのキーワード 』223ー227頁参照)にあてられる5千万ドルです。ニューディール政策のひとつに、生活の糧を失った作家や画家や彫刻家や役者をさまざまな公共芸術のために連邦政府が雇ったプログラムがあり、そのなかで生まれた文化・芸術作品は現在でもいろいろなところで見られますが、それと同様に、文化・芸術団体やさまざまなプロジェクトへの資金投入によって、芸術に携わる人々に少しでも経済的安定をもたらすことが目的のひとつとなっています。景気対策法案が議会で審議されている最中に、この項目はもう少しで削除されそうだったのですが、なんとか残りました。芸術というのはその「純粋」な目的の他にも、経済的役割も大きいのだ、という主張を多くの人がしたのが一因です。芸術も経済活動のひとつであるわけですから、銀行員や配水管工や電話オペレーターと同じように、画家や音楽家や脚本家や役者も、仕事がなくなれば生活ができなくなるだけでなく、劇場や美術館や映画祭が盛況であるかどうかは、周辺のレストランや駐車場や売店の景気とも密接に結びついていて、そうした間接的な経済効果も考えると、芸術を支援することは経済回復にとっても重要だ、という議論です。「文化」産業は年間600万人の雇用と1660億ドルの経済効果をもたらしているのだ、というキャンペーンを芸術団体連合がしていました(これはどのような計算で算出された数字なのか私は知りません)。経済的理由を主な理由に掲げて芸術を支援するのはちょっと理屈が違うとは思いますが、現在のような経済状況では、そうした論理を使うのも十分以上理解できます。この関連記事はこちら

この法案のニュースと、なおも引き続く自動車産業救済騒ぎで、クリントン国務長官の来日のニュースは、こちらではほとんど見られません。